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“マイホーム”のイメージとは

2011.12.09

“マイホーム”という言葉はマイホーム主義という表現に結びつけられて、いつもなにか否定的ニュアンスを帯びて使われてきたようだ。それはたぶんそこに自分の私事を第一とする反社会的な響きが含まれているからだろう。マイホーム的人間とは、一般に、会社の仕事よりも家庭を、社会をより良くする政治活動よりも家族の幸せを、大切にする人間を指す。こういう傾向の強い人は非難または軽侮されやすい。しかしそうした非難、軽侮はあくまで人間を外から、社会の側から見た場合にのみ成立するものだ。

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もちろん、いわゆるマイホーム主義的傾向が徹底すれば、社会も、そして当の個人も活力を失う。しかし実際には、全く社会性を欠いた人間というものは存在しない。すべては程度の問題であって、人間は誰しも、さまざまな具体的状況の中で仕事や政治活動をとるか、マイホームをとるかを選択し、自己の社会性と私性を調整し続けているのである。そしてこういう競合的選択が存在することそれ自身が、仕事や政治活動とマイホーム、つまり社会性と私性が同一の次元にあるものではないことを示しているのではないだろうか。ユートピアならともかく、現実の世界では、どんな政治体制下にあろうと、社会性と私性がなめらかに連続している人間などありようはないのだ。